四国へ。 その6
2019.02.20 Wednesday 07:30

 

 おはようございます。

 

今日のお話が〜 ( ´・∀・)ノ ハーィ

 

今回の四国旅行・・・メインです。

 

いつだったろう。 小学生? 

 

その頃から、飛行機が大好きで。

 

夢中で・・・本を読みました。

 

で・・・特に、プロペラで飛ぶ飛行機に夢中になって。

 

プロペラ機が大きく進化したのは・・・第二次世界大戦。

 

そのあとは、ジェット機の時代に。

 

そして・・・

 

日本が開発した、プロペラ戦闘機が、とっても気になって。

 

やはり、たくさんの本を読んで。

 

で・・・もう、忘れたけど・・・中学生の時だったかな。

 

日本海軍 局地戦闘機 「紫電改」を海から引き揚げるテレビ番組があって。

 

もちろん、見ました。

 

あれから・・・たぶん、40年くらいかな。

 

ようやく、見に行く事ができました。

 

あ・・・

 

いつもですけど、この記事はなにかを調べながら書いてるわけじゃありません。

 

なので、間違ってる部分もあるでしょう。

 

でも、時間や人物を正確に書くことを目的としてませんので。

 

ご了承ください。

 

四国 宇和島・・・そこに・・・

 

「紫電改 記念館」あります。

 

紫電改は、太平洋戦争末期に正式採用された・・・局地戦闘機。

 

零戦に代わる戦力として期待されましたけど。

 

終戦までに生産されたのは・・・400機程度。

 

そして・・・紫電改を主力にした部隊が、四国松山に作られました。

 

海軍 第343航空隊 通称「剣部隊」

 

こちらに、集中配備されました。

 

剣部隊・・・映画にもなってます。 マンガにもなってます。

 

訓練生からは、特に優秀な若者を。

 

前線から、生き残ったベテランパイロットを引き抜いて。

 

士官パイロットも、特に優秀な指揮官パイロットを集めて。

 

太平洋戦争末期に、戦果を上げた部隊。 

 

その・・・主力戦闘機 「紫電改」

紫電改-1

 

零戦とは、だいぶ違いますね。

 

プロペラが曲がってるのは・・・

 

この機体が、不時着水したからです。

 

引き揚げた時・・・尾翼の機体マーキングは消えてしまってました。

 

紫電改-2

 

華奢なイメージの・・・零戦、隼とは・・・違いますね。

 

防弾装備、消火装置などの、被弾対策も。

 

風防前面には、防弾ガラスも・・・よく見ると、あります。

 

紫電改-3

 

そして・・・この紫電改は・・・

 

着水するのを見てたと、証言する人もいらっしゃって。

 

・・・この機体を撃墜したと主張する・・・アメリカ海軍のパイロットも。

 

この・・・紫電改には・・・搭乗していた可能性がある人が・・・6名です。

 

当時の記録など、細かく検証した本もありまして。

 

もちろん読みました。

 

紫電改-4

 

後から見れば・・・やはり、戦闘機。

 

空気抵抗を考慮した設計ですね。

 

主に戦った、アメリカの戦闘機は・・・

 

「グラマン F6F」 「F4U コルセア」 「P51 マスタング」などでしょう。

 

劣勢の中、飛び立って。

 

そして・・・多くのパイロットが・・・帰らなかった。

 

特に、この機体は・・・

 

搭乗していた可能性のあった、6人の遺族さんが・・・

 

引き揚げに立ち会いました。

 

消えてしまった・・・マーク。

 

遺族の方々は・・・「誰が? とか、もうこれ以上はよしましょう」と。

 

若いパイロット。 歴戦の士官パイロット(指揮官)。

 

そして・・・

 

日中戦争が初陣。 太平洋戦争でも最初から。

 

激戦となった・・・ラバウル。 搭乗員の墓場と言われた・・・ラバウル。

 

そこでも、勝ち抜いて。 生き延びて。

 

そんな、歴戦の撃墜王も・・・その6人のうち、一人です。

 

「武藤 金義」さん。

 

太平洋戦争を生き延びたパイロット(士官、下士官)両方の人たちが・・・

 

書き残してくれた本に、武藤さんはよく出てきます。

 

上官や、部下、同僚。 すべての方々が・・・

 

武藤さんの圧倒的技量を認めています。

 

紫電改-5

 

武藤さん・・・剣部隊に加わる前は・・・

 

横須賀航空隊で紫電改のテストも行ってました。

 

まだ、オレンジ色の試作機体です。

 

その・・・紫電改で、グラマンF6F 12機の編隊に・・・

 

ただ、1機で挑んで。 そして・・・そのうち4機を撃墜。

 

そして、横須賀航空隊の基地に・・・無事帰還。

 

それほどの・・・歴戦の勇士。

 

最後に。

 

この紫電改が不時着水した日は・・・

 

昭和20年 7月24日。

 

あと・・・3週間で・・・

 

太平洋戦争が終わったんです。

 

7月24日の戦闘は・・・紫電改21機。 対するアメリカ海軍機動部隊は・・・

 

200機以上の大編隊。

 

私は思います。

 

なんで? どうして?

 

そんなタイミングで、出撃命令を???

 

優秀なパイロットたち。

 

もし・・・

 

もし・・・

 

あと3週間、生き残ったら・・・

 

全然、違った人生を歩んだはずの・・・6人。

 

私から・・・このブログを読んでくれてる・・・方々へのお願いです。

 

四国 宇和島方面に・・・行く事があったら・・・

 

どうか、この・・・「紫電改記念館」に足を運んでください。

 

貴重な資料、映像。 6人の写真。

 

入場無料です。

 

日本海軍 局地戦闘機 紫電改

 

やっと・・・見ることができました。

 

 

 

 

では、また〜。

 

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